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平澤真希

J.S.BachJesu, Joy of Man's Desiring

バッハ＝ヘス

主よ、人の望みの喜びよ BWV.147

このリサイタルのテーマ「歓喜＝光」の導入です。
教会カンタータ147番「心と口と行いと生きざまもて」の福音書章句は、マリアがエリザベトから受胎を祝福され感動して神を讃える部分。この喜ばしい情景を、カンタータの台本は人間の罪深い現実と比較し、信じるべきものの尊さを教えてくれるようです。コラールの旋律は、J・ショップの「めざめよ我が心」からとられています。

（文＝平澤 真希）

W.A.MozartFantasia

モーツァルト

幻想曲 ハ短調 K.475

この曲は、モーツァルトが重いリウマチ病にかかった翌年、1785年5月に作曲されました。
深い暗闇から「なぜこの闇に置かれているのか…」の問いかけ。訪れる不安、人間の心の影。絶えざる転調がかもし出す不安定感…。
そして雲間から差すように光が語りかけてきます。再び見えてくる光の世界。そこでのコミュニケーション。優しげな二長調や、幸福感溢れる変ロ長調なども奏でられ、夢みるような安らぎの世界を描きます。一進一退を繰り返す心の明暗の世界。闇と光を幾度も繰り返し、ここでは闇で曲を閉じます。ソナタK.457ハ短調へ続いて演奏されることも多い曲です。

（文＝平澤 真希）

F.ChopinPolonaise-Fantaisie

ショパン

幻想ポロネーズ 変イ長調 op.61

この曲はショパンがピアノ作品として最後に作曲したものです。
肉体面、精神両面で追い詰められた崖っぷちの中で書き上げた最高傑作といわれています。
死を目の前に、深い絶望に苦しむ天才ショパンが見せる幻想の世界とは…。
闇、絶望の中で彷徨う魂はどこへゆくのか…。時折見せる一筋の光は願望なのか答えなのか…。どうしようもない絶望感、深い嘆きで彩られる曲中に見え隠れする彼の支えである故郷への愛（ノスタルジー）を表すポロネーズのリズムが魂の絶叫と重なり合ってゆきます。
一筋の光は徐々に増してゆき、その中に神からの偉大なる啓示を見い出し、眩い光と大いなる歓喜に導かれてゆきます。
この曲は私にとって20年もの間、精神的に弾けなかった曲です。私も20年前ポーランドで「孤独」という絶望の淵にいました。今年の3月にこの曲を今日弾こうと思えるきっかけとなることがありました。身体の自由を奪われ、幾度も闇を体験し、光を求めた友人が、崇高なる精神で私の背中を押してくれたからです。そして今日までずっと支えてくれました。「感謝」という大きなエネルギーとともに今宵弾かせていただきます。

（文＝平澤 真希）

F.ChopinBallade No.1

ショパン

バラード１番 ト短調 op.23

ショパンは私たちと同様に故郷をとても愛した人でした。
20歳の時、音楽の道をさらに極めるために故郷を旅立ち、異国の地ウイーン滞在中、祖国ワルシャワが革命を起こし、翌年ドイツにて革命が失敗に終わった知らせを聞き、深い悲しみとやるせなさという闇を自分に重ね、4年という長い歳月をかけて作曲された曲です。
深い悲しみを表す第1のテーマと、大いなる愛の賛歌である第2のテーマを繰り返し、表情を変えながらそれらを雄弁に歌いあげてゆきます。そして、荒れ狂う怒涛のように壮絶な興奮を描きながら、かき乱される彼の心の叫びを表すように曲は締めくくられてゆきます。

（文＝平澤 真希）

R.SchumannFantasia

シューマン

幻想曲 ハ長調 op.17

私はこの曲を弾くためにこの紀尾井ホールを選びました。この曲の世界から見えた「歓喜＝光」が、私の今回のリサイタルで伝えたい真髄です。
この曲は、現代までに至るピアノ作品の最高傑作といわれ、「音楽におけるロマン主義の憲章」とも称されています。シューマンを襲った母の死に続き、師匠の娘である恋人クララとの仲を引き裂かれる、という苦しみの中で作曲されました。この曲には、芸術家としての、またクララとの愛の成就の覚悟が託されています。
「あらゆる大地の夢の中で、耳をそばだてる人のみにきこえてくる幻想の調べ」（ドイツロマン主義の思想家シュレーゲルの詩より）という副題を持ち、上述のような絶望の闇の中から見い出した「歓喜＝光」また「現実の世界での出来事はすべて幻想である」という悟りの世界を表す名曲です。 この曲は３つの楽章からなっています。

第1楽章 「情熱」 どこまでも情熱的にどこまでも幻想的に
「おそらく私が作った中で最も情熱的なものです。君のための深い悲歌です」とクララへの手紙でしたためられています。彼の内面の苦悩を激しく音楽の中に燃え上がらせています。

第2楽章 「歓喜」 どこまでもエネルギッシュに
誇らしく輝かしい行進曲です。愛の試練と芸術家の実在をかけた内面との戦いの末の勝利を描いています。オーケストラの響きと、まるで時を爆発させたようなリズムを際立たせ、昂揚感を感じさせます。

第3楽章 「瞑想」 どこまでもおだやかに
深い瞑想、自分を超えた世界から聴こえてくる音、救いと霊感、希望の光と永遠の微笑み、深淵なる心の泉…。始まりから終わりまで、どの音符の影にもクララがいて、輝くような美しさ、純粋さ、感情の深さにより、シューマンの幻想の世界を照らし出し、そこで得た大いなる愛「歓喜＝光」が表現されています。

（文＝平澤 真希）

F.ChopinBarcarolle

ショパン

舟歌 嬰へ長調 op.60

ショパンの現世でのひとときのロマンスの至福を天上へ昇華させた傑作です。歓喜を得て、光の世界へと舟出してゆきます。男性遍歴の噂多き恋人、ジョルジュ・サンドとの愛の破局を向かえてはいたものの、この曲では満ち溢れた大いなる愛を歌いあげます。舟の旅立ちを告げる序奏から始まり、外洋に出てさざ波が立ち、幸せの調べが聞こえてきます。そして転調し、さらに甘美でとろけるようなコロラトゥーラ。トリルから入る主題が左手のオクターブを伴い伸びやかに奏されクライマックスへ向います。そして潮が引くように、穏やかな海風を感じ、曲が締めくくられます。「天気は穏やかで海は静かだった。私たちはひとときごとに温かい空気を感じとった」
（サンド記）
私は1999年ポーランドのカトリック総本山ヤスナグラで至高の光を体験したことがあります。人生の中で一番感動したことです。その瞬間、この世には無限なる愛しかないことが手にとるようにわかりました。その光を表現したくて15年間模索してきました。この舟歌は光の世界に旅立つ舟が次元や時空を超えてゆきます。あの光を表現するに価する傑作です。闇の中では気づきにくい大いなる光はいつもそこにあることを、またその光の波動をお伝えできましたら幸いです。

（文＝平澤 真希）